理事長あいさつ

理事長 佐藤 哲朗

理事長 佐藤 哲朗

 社会福祉法人ふれあい福祉協会(以下「ふれあい」)は、平成15年に発足して以来12余年を経過、今日を迎えました。

 その歴史は、昭和6年の財団法人「癩予防協会」の設立にまで遡ります。その後を継ぎ、昭和27年から半世紀にわたって活動、平成15年3月に解散した同「藤楓協会」の理念を継承して「ふれあい」が誕生するといった歴史的な変遷をたどりました。

 前身の両財団の最も重要な業務は、いずれもハンセン病の啓蒙活動にありました。しかし、戦前の癩予防協会から藤楓協会初期までの時代に、ハンセン病患者の絶対隔離といった国の誤った施策推進の補助的、中核的な役割を担ってしまいました。ハンセン病に象徴される強制隔離政策、らい予防法による患者、施設入所者等への人権無視、人間としての尊厳の冒涜、これら病者の方々の苦悩を推し量れず甚大な苦悩と被害を与えてしまったことは、時代の隔たりがあったとはいえ、最大の禍根といわざるを得ません。これらは、いずれも歴史的事実として明らかになっており、当協会も深く反省しているところであります。

 「ふれあい」は、こうした歴史的背景を踏まえ、設立以来、これら事実を真摯に受け止め、ハンセン病患者・回復者、この問題に関心を寄せる多くの市民の方々と力を合わせ、人間の持つ「偏見」「差別」の恐ろしさ、2度と同じ過ちを繰り返さない、それと同時に犠牲を強いられた方々の名誉回復のための事業を積極的に推進しています。

 ここに至る10数年間のハンセン病をめぐる社会の動きは目を見張る大きなものがありました。その最大のものは平成8年4月に「らい予防法」廃止が実現したことです。「癩ニ関スル件」公布から89年目の出来事でした。この間、前述の強制隔離や家族、郷里との絶縁といった差別・偏見の助長、それに加えて筆舌しがたい様々な人権侵害が続きました。次いで、らい予防法違憲国家賠償請求訴訟に対する熊本地裁判決(同13年5月)です。国が全面敗訴し、控訴を断念して確定。これに続いて強制隔離などの実態調査のための第3者機関「ハンセン病問題に関する検証会議」がスタート、4年の歳月をかけた「最終報告書」(同17年3月)で手錠をかけての強制収容や結婚時に断種手術の強要、胎児等の標本、といった筆舌に尽くしがたい数々の悲惨な実態が明るみに出ました。そして、平成21年4月には議員立法による「ハンセン病問題基本法」が施行されました。

 こうした歴史の流れを見るまでなく、ハンセン病の解決に向けた動きは21世紀に入って社会的にも大きな関心を呼び起こし、これらの歴史的な出来事は永く後世にまで語り継がれるでしょう。

 「ふれあい」は、平成19年3月にリニューアル・オープンした国立ハンセン病資料館の管理・運営に携わってきましたが、その2年後に展示内容・方法等に端を発した混乱、及びハンセン病問題に対する歴史認識不足から、その運営から排除された経緯があります。「ふれあい」はその後、役員人事を刷新、23年4月には「ふれあい福祉協会の将来展望を開く検討小委員会」を設置、半年間にわたって、「ふれあい」の現状、その存在価値、使命・目的、理念、歴史的事実における過去の反省――などを徹底論議、その結論について「ハンセン病問題への新生『ふれあい福祉協会』の使命と決意について」(別掲参照)の形でまとめ公表しました。その上で、24年以来厚労省の資料館運営入札応募に参加しましたが、願いは叶いませんでした。「ふれあい」は今後もしっかり足場を固め再々チャレンジすることにしています。

 最後になりましたが、全国13園の国立療養所入所者の皆さんや社会復帰された方々も次第に高齢化が進み、そのスピードが加速しているのが現状です。平成27年12月31日現在の入所者は1,639人で社会から隔絶されて半世紀以上も耐え、生き抜いた方々が大半です。平均年齢は84.3歳になりました。高齢化の波は避けて通れません。対処すべき新たな方策の検討が喫緊のテーマに浮上してきているのです。

 入所者が中心となって取り組んでいますハンセン病に対する正しい知識の普及・啓発事業が各地で活発に展開され、昨1年間で一般市民を含め約7万人が参加されました。

 ふれあいは24年度から、新たに国の委託でハンセン病に関する普及啓発や当事者の福祉増進について、地方公共団体が企画した新しい事業の取り組みを支援しています。

 また、退所者を対象にした相談事業につきましても、社会福祉専門職団体協議会ハンセン病委員会の「ハート相談センター」と業務提携して窓口を拡充しています。電話相談、個別支援、見守り電話等の開設でよりキメ細かな相談に応じています。日頃の悩みや困りごとをお気軽ご利用いただきたくお願い申し上げます。

▶ふれあい福祉協会の使命と決意について